Kumagusuku

4.21トーク/レポート記事「アート×ワークな思考とは?」

クマグスクのアート×ワーク塾/
入塾説明会「アート×ワークな思考とは?」

@ kumagusuku
2019.4.21
登壇者:
アート×ワーク塾代表 矢津 吉隆(美術家、kumagusuku代表)
プロジェクトマネージャー 岩崎 達也 (EDIIT株式会社取締役、MAGASINN KYOTO編集長)
プログラムディレクター 田中 英行(美術家)

記事作成:はがみちこ

7月から始まる「クマグスクのアート×ワーク塾」関連のイベントを開催しました。“アート思考”とは何なのか?、そして“アート×ワークな思考”とは?というテーマで約1時間話しました。第1期生募集の入塾説明会も兼ねていました。

<きっかけはクマグスクとマガザンキョウトの出会い>

矢津:
僕は普段アーティストとしての活動をしていますが、2013年にクマグスクを立ち上げ、6年ほど活動をしています。現在の建物のクマグスクは2015年からですが、アート以外の分野の色んな職種の方にも出会い、仕事を一緒にさせていただく機会が増えてきました。その中で、自分が考えてきたことが集約されたのが、この「アート×ワーク塾」、アート思考を学ぶための社会人の方向けの私塾です。

最近、アート思考に関する本や、アート鑑賞をビジネスに活かしていこうという書籍が増えてきています。僕がアーティストとして考えるアート思考は、それらとは少し違っています。アートの制作の現場で、いろんなアーティストと出会ってプロジェクトをしていて、彼らが持っている能力や思考のプロセスは独自で面白いなと思っています。岩崎さんからは「普通ビジネスではそういう考え方をしないですね、やっぱり矢津さんはアーティストですね」と言われることも多いんですが、自分自身もクマグスクの運営の中で自然とアート思考を使っているようです。「これは何なんだろうな」と思っていて、今回「アート思考」というものを改めて考えてみると、アーティストは表現方法は様々でも、共通する思考のパターンがあると思うようになりました。

岩崎:
「マガザンキョウト」の構想が煮詰まっていた頃に、共通するような試みをやっているクマグスクの存在を知って、見学に来て「これはやばい」と思いました。それで、泊まらせてもらって色々質問したり、「無給でいいから働かせてほしい」と矢津さんに頼み込んだり。

矢津:
僕がやろうとしていることを、アートの側の視点から「面白い試みをやり始めた」と評価していただくことはあったんですけど、岩崎さんからビジネスの観点から面白がってもらえたのは、結構自信になりました。岩崎さんは、経歴としてはリクルートから楽天、ロフトワーク。そして、独立に向けてマガザンキョウトを準備しているというタイミングだったんですけど、そういう人がどういう風にものを作るのかということには、僕も興味がありました。

岩崎:
特に東京時代にやっていた仕事は、大きい会社だったので大きい数字がついてくるわけなんですけれど、それがそのまま自分の給料に反映されるわけではなく。「本当にこれで、世の中や自分の周りの人々が幸せになっているんだっけ」という疑問がずっとあって、あまり納得感がなかった。京都にやってきた時にクマグスクと出会って、矢津さんのアート思考的な感覚を自分の中に溶け込ませていくようにしたら、ちゃんと収益がついてくるような新しいことができる感覚がありました。自分が体験したその感じを、この塾のプログラムに落としこんでいけたらと考えています。


<デザイン思考からアート思考へ>

矢津:
10年ほど前から「デザイン思考」というものが語られるようになって、ビジネスに活用していこうという動きが世界的に広がってきたかと思います。アート思考は、このデザイン思考の対極にあると僕は考えています。どちらが良い悪いではないですが、その対比でアート思考を語れるように思えたのですね。デザイン思考の方は岩崎さんが得意分野かなと思います。

岩崎:
デザイン思考とは、「ユーザー視点」「問題解決志向」といったプロセスを踏めば、イノベーションや新しい事業を起こせるんですよという考え方です。アメリカのデザインファームの「IDEO」などがリードして、フレームワークを提唱し始めると、皆が理解できるようになりました。そのフレームを実装した事業が増えてきているはずなんですが、日本ではイノベーションがそんなに起きてないという実態があると思うんですよね。「じゃあ、何が足りないんだろう?」という時に出てきたのが、「アート思考」という流れだと見ています。ただ、デザイン思考・アート思考をそれぞれ単体でとらえるのは非常にもったいないので、補完し合うことで新しい価値を作っていくアプローチを今回とってみたいと思います。

<アート×ワーク7ヶ条>

矢津:
「アート思考」というものを考えるにあたり、岩崎さんから求められて、今回の塾のために「アート×ワーク7ヶ条」を作ってみました。これは、僕自身が普段アーティストとして実践している中での感覚を言葉にしてみたものです。

①自分の内側から引き出したものを大切にする
アーティストは常に、外側から求められるものではなく、自分の表現欲求というものを出発点として表現しています。なにかきっかけは外側にあっても、必ず内側から出発するということです。

②言葉にできない感覚を信じる
作品であらわされるものは、抽象的なものであったり、必ずしも言語化できないものも多くあります。作品をつくる時のように、言葉にはできないのだけれど大事なものがあるという感覚を信じて、やってみるということです。

③偶然性を積極的に活かす
偶然性というものは、制作の中でも重要なものだと僕は思っています。あらかじめ組み立てた行程を踏んでいても、必ず偶発的なことが起こってくる。その時に、それを失敗とするのか、価値を見い出して取り入れていくのか分岐のポイントとなります。アーティストは、やはり、偶然性を積極的に活かしていく人が多いです。

④意味は無くても理由はある
アートの世界でも、特にコンセプチュアル・アートなど、コンセプトや意味を求めるものもあります。その一方で、意味にがんじがらめになってしまって、思考が固まってしまうということも、ままあることなのかなと思います。
自分の表現というものを「これ」と信じてやる時、意味から入るのではなく、先に表現というものがやってきて、後から気づいたらそこに理由があったりもします。

⑤価値は自分で決める
アートには、常に価値がついて回るものです。市場に評価されればすごく作品の値段が上がりますが、百億円の価格がついたからといって、果たしてそれが本当に百億円の価値があるものなのかどうか。価値というものは、なかなか恣意的なものだと僕は思います。価値を自分で決めていくということはアーティストにとって必要な行為になります。

⑥自分の中の未知に出会う
まず自分を知っていくことが必要です。必ず自分の中に知らない自分、気づいていない自分というものがあると思うんですよね。アーティスト達は作品を作っていく中で、こうした知らない自分に気づいていくことができます。自分の中のものをアウトプットした時に、作品を通して自分の中の未知に出会い、向き合うことができるという良さがあります。

⑦アートはあなたの中にある
作品を作って美術館やギャラリーで展示し、鑑賞するというのがアートの形と思われがちですが、それは一つのきっかけに過ぎないのではないかなと思うんです。アートというものは、自分の中に本質的に備わっていて、展覧会や作品を見ることで、それが引き出されていく瞬間があります。必ずしもアーティストが作るものだけがアートじゃなくて、必ず皆さんの心の中にもアートが存在しています。それに気付けるかどうか、どのように関わっていくかがすごく重要です。

田中:
この7ヶ条にたどり着くまで、僕や矢津はたぶん20年くらいかかっています。僕らが通った京都市立芸大では、専攻によってカテゴリー分けをせずに、アートは人の心の中の根源的な部分から生まれるものだという考え方で、まずは同じ課題を受けていきます。最初に強烈に突きつけられるのが、「自分というものは何者なんだ」「あなたは何を思っているのか」ということです。「自己表現をしなければアーティストとして終わっている」、「自分の中にあるものを表現として引きずり出せ」という雰囲気があって、大学時代はずっとそれについて語り合っていました。ただ、芸大にいってもこういうことは体系立てて教えてはくれない。
卒業後にアーティストとして活動していく中でも、ひたすらこの問いに向き合い続けていく中で、こうしたアート思考というものが掴めるようになりました。だから、普段からこういう問いに触れていない人は、自分の心の動きをとらえて、それが何なんだろうと問うところから始めないといけないんじゃないかなと思います。

<アート思考×ビジネス思考>

岩崎:
この矢津さんの「アート×ワーク7ヶ条」を対極に読み替えると、そのままビジネス思考になるなと思いました。ビジネス思考の中には「自分」とか「自己」という言葉が全く出てこなかったんです。「僕はいったい何がしたかったんだろう」という衝動はアート思考に特徴的です。でもこれが強すぎると、市場が受け入れなくてなかなか食べていけないということになる場合もあります。
ビジネスの企画を起案する時に、まずはどんなお客さんがいて、いくら払ってくれるのかという話に当然なります。その条件が満たせるようだったら「よし、この企画やろう」となるのが普通なんですが、この思考法は面白くないし、新しいと思えないということもあります。自分もやりたいことをやって、お客さんがついてくるようなものにできるよう、なんとか粘るのが大事な気がします。今回の塾の一つのゴールは、この二つの思考の行き来を、どれだけ早く力強くできるようになるか、ということに設定されています。僕たちもこのプログラムを通して、自分たちもインプットしていきたいと思っているところです。

矢津:
逆に、アーティストがビジネス的思考をしてないかというと、そういうわけでもないです。地域や社会に入っていって物事を起こしていくタイプのアートも広がってきていて、今、人に何かをきちんと伝えることが重要になっている状況があります。僕が作った「アート×ワーク7ヶ条」もそうですが、こういう風に分解して、言語化していくことが求められています。アート思考を学んでビジネスに活かしてもらうことで、アーティストと協働する内容の仕事が増えたり、アートがどんどん街の中に広がっていくようなイメージがあります。

田中:
アーティストも、自分の表現で生きていけるようになるまでには、ビジネス思考の片鱗を身につけていく必要があると思います。社会と自分をどうやって結びつけられるかを発見しないと、美大を出た後に、結局は自分の世界を広げていけるような領域にたどり着けない。いかに双方向を行き来しながら、自分の表現を社会へ結びつけていくかが重要なポイントです。


<アート×ワーク塾の構成>

矢津:
講師陣のラインナップは、それぞれいろんな分野や職種の中でアート×ワークな思考を使って、いわゆる王道ではないんだけれども独自の立ち位置を築いているような人達を選ばせてもらいました。われわれ3人は、担任のような形で基本的にずっと並走します。一緒に考えて、一緒に物事を作っていく中で、塾生の皆さんに学んでいってもらえたらと思っています。教育というものも一種のオルタナティブな実践なので、僕自身も新しい挑戦として、塾生の方と一緒に仕事をしていくような間柄になるきっかけとなればいいなと思います。

田中:
自分の中で「これやってみたいな」とふと出てくる感覚があると思うので、それをどんどん成長させていくことで、自分のコアとなるアート思考が育つと思うんです。僕たちはそういう時の相談相手、ブースターみたいな役割です。ふと出てきたものを、初期段階で誰かに相談して補強してもらうということがあると、自分に自信を持って伸ばしていけるという部分があります。

矢津:
通常のこうしたセミナーでは、塾生のアウトプットとしてプレゼンテーションをおこなうことが多いのですが、今回のアート×ワーク塾では、最後にエキシビジョン(展覧会)をおこなってもらうことにしました。アーティストは作品を展覧会という形で世に出すのが一般的なのですが、展覧会をすることで、人に伝えることができたり、自分自身も何かを獲得できたりするものなんですね。アート思考のような、抽象的な物事を形に落とし込みやすいのは、やはり展覧会という形式です。今回は、塾生全員で一緒に展覧会をつくるという経験をしてもらいたいなと思っています。アーティストではない人たちの初めての展覧会、どんな“作品”に出会えるかとても楽しみにしています。

現在、第1期生を募集しています。興味のあるかたはこちら↓

クマグスクのアート×ワーク塾 Webサイト

http://art-work.info/

<プロフィール>

アート×ワーク塾 代表
矢津 吉隆 / やづ よしたか
美術家、kumagusuku代表

1980年大阪生まれ。京都市立芸術大学美術科彫刻専攻卒業。京都造形芸術大学非常勤講師。ウルトラファクトリーディレクター。京都を拠点として美術家として活動。並行して宿泊型アートスペースkumagusukuのプロジェクトを2013年から開始、2015年に中京区にKYOTO ART HOSTEL kumagusukuを開業。 また、レジデンス機能を持ったシェアスタジオの運営や作品制作のためのスタジオ兼住居をアーティストに貸し出す不動産プロジェクト「BASEMENT KYOTO」、アーティストのスタジオから出る廃材を副産物として流通させる資材循環プロジェクト「副産物産店」など、アーティストのインフラに関わる事業を展開。さらに、2017年からは母校である京都市立芸術大学の移転設計JVにリサーチチームとして参加している。
主な展覧会に「青森EARTH 2016 根と路」青森県立美術館(2015)、個展「umbra」Takuro Someya Contemporary Art (2011)など。2013年、AIRプログラムでフランスのブザンソンに2ヶ月間滞在。

プロジェクトマネージャー
岩崎 達也 / いわさき たつや
EDIIT株式会社取締役、MAGASINN KYOTO編集長

1985年兵庫県生まれ。山田錦農家の長男。京都市在住。京都大学サービスMBA講師。京都精華大学非常勤講師。上京しリクルートコミュニケーションズ、楽天を経て2014年京都へ移住し、ロフトワーク京都に勤務。いずれも新規事業ディレクターとして従事。2016年、泊まれる雑誌マガザンキョウトをクラウドファンディングを活用し起業、編集長を勤める。雑誌の特集のようにシーズン毎に空間で様々な企画を展開。様々なプロジェクトの受け皿として、2017年EDIIT Inc. を創業。

プログラムディレクター
田中 英行 / たなか えいこう
美術家

1981年京都府生まれ。2007年 京都市立芸術大学大学院美術研究科修了。国内外の多くの展覧会、映像祭に出展、受賞など。京都市立芸術大学、京都精華大学、嵯峨美術大学等での非常勤講師を経た後、NPO法人Antenna Media設立。美術家、映像作家、コンテクストデザイナー、クリエイティブディレクーなど、ボーダレスにアーティストの視点から様々なスタイルでクリエーションを実践。http://eikoh-tanaka.net/